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岐阜地方裁判所 昭和24年(ワ)36号 判決

原告 平井平一 外八名

被告 白木茂好

主文

被告は原告平井平一に対し金十万五千二百三十円、同村瀬増一に対し金四万七千四百三十四円、同村瀬乙羽に対し金三十九万二千六百四十四円五十銭、同磯谷君男に対し金七万八千三百三十二円六十四銭、同籠橋喜一に対し金三万二千三百三十四円二十銭、同金子繁一、同金子小左衛門、同奥村徳美に対しそれぞれ金一万九千四百八十二円宛、同伊左治ように対し金一万三百九十二円の各支払をせよ。

原告村瀬乙羽、同磯谷君男、同籠橋喜一のその余の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

本判決は、原告平井において金三万円、同村瀬増一において金一万五千円、同村瀬乙羽において金十万円、同磯谷において金二万円、同籠橋において金一万円、同金子繁一、同金子小左衛門、同奥村においては各金六千円、同伊左治において金四千円の各担保を供するときはその勝訴部分に限りそれぞれ仮りに執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

原告等訴訟代理人は、被告は、原告平井平一、同村瀬増一、同金子繁一、同金子小左衛門、同奥村徳美、同伊左治ように対しては主文第一項掲記の各金員、同村瀬乙羽に対し金四十万六千三百七十五円、同磯谷君男に対し金八万三千六百二十円、同籠橋喜一に対し金三万六千九百二十一円の各支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は原告請求棄却の判決を求めた。

第二、当事者双方の主張

一、原告等訴訟代理人は請求原因として、(イ)、原告平井平一は岐阜県可児郡御嵩町中千百二十二番の七宅地三十九坪(別紙図面≪省略≫(ヘ)、(ヨ)、(タ)、(ナ)、(ヘ)、の各点を順次連結した範囲であつて以下単にK土地と略称する)並に同地上に藁葺平家建居宅一棟建坪三十坪及び井戸一基を、(ロ)、同村瀬増一は同所千百十九番宅地二十四坪(別紙図面(ク)、(ヤ)、(マ)、(ケ)、(ク)、の各点を順次連結した範囲であつて以下単にB土地と略称する)並に同地上に瓦葺平家建居宅一棟建坪二十坪を、(ハ)、同村瀬乙羽は同所千百三十二番の一宅地五十二坪二合五勺(別紙図面(ウ)、(ヰ)、(ノ)、(オ)、(ム)、(ウ)、の各点を順次連結した範囲であつて以下単にM土地と略称する)並に同地上に瓦葺平家建居宅一棟、建坪四十四坪及び井戸一基、並びに同所千百十八番田九畝十四歩(別紙図面赤斜線にて表示せる範囲であつて以下単にA土地と略称する)を、(ニ)、同磯谷君男は同所千百十七番田七畝二十六歩(別紙図面(ロ)、(ト)、(チ)、(リ)、(ニ)、(ハ)、(ロ)、の各点を順次連結した範囲であつて以下単にC土地と略称する)並びに同所千百二十番の一、田二畝十一歩(別紙図面(チ)、(ル)、(ヲ)、(リ)、(チ)、の各点を順次連結した範囲であつて以下単にD土地と略称する)及び同所同番の二、田三畝十九歩(別紙図面(ニ)、(リ)、(ヲ)、(ワ)、(ホ)、(ニ)、の各点を順次連結した範囲であつて、以下単にE土地と略称する)を、(ホ)、同籠橋喜一は同所千百二十一番の一、田九畝十四歩(別紙図面(ヨ)、(ホ)、(ワ)、(ツ)、(ソ)、(レ)、(エ)、(タ)、(ヨ)、の各点を順次連結した範囲であつて、以下単にF土地と略称する)及同所同番の二、田二十四歩(別紙図面(サ)、(キ)、(ユ)、(メ)、(サ)、の各点を順次連結した範囲であつて以下単にG土地と略称する)を、(ヘ)、同金子繁一は同所千百二十二番の六(別紙図面Lの土地であつて以上単にL土地と略称する)、同金子小左衛門は同所千二百三十六番の三(別紙図面Cの土地であつて以下単にC土地と略称する)、同奥村徳美は同所同番の四、(別紙図面Nの土地であつて以下単にN土地と略称する)、同伊佐治ようは同所千百三十三番の一(別紙図面Rの土地であつて以下単にR土地と略称する)の各地内にそれぞれ井戸一基を各所有し又は所有していたものであり、(後述の如く、本件落盤により原告村瀬増一所有家屋は倒壊滅失し、各田はいずれも水田耕作不能となつたので畑として使用している。)被告は昭和二十二年二月十九日前記御嵩町中所在、中村炭鉱の一部、通称中島炭鉱(鉱区面積約八千坪、その範囲は別紙図面(a)(b)(c)(d)(e)(a)の各点を順次連結した地域であつて、前記A、B、C、D、E、F、G、K、L、の各土地は右炭鉱区の地表に存在する)を、その所有者訴外水谷市松より譲り受け、以来、同鉱区における亜炭の採掘、経営に従事し来つたものであつて、同鉱区の事実上の所有者であり、且つその占有者である。ところで昭和二十三年五月十五日午后八時、同月二十一日午前八時三十分頃の二回にわたり、右鉱区は前記A、B、土地を中心として、ABCDEFKMの各土地の範囲が落盤しその地表が陥没したため、原告等所有の前記土地、家屋等は以下の如き被害を蒙るに至つた。即ち本件落盤地中A土地の北側旧国道に面した部分は落盤前は旧国道と同一の高さであり、東側はK土地の頁岩で積み上げてある上端と同一の高さであつたから本件落盤の中心地は五尺二寸八分陥没し、それに従つて前記各土地が右中心部に向つて陥没傾斜した訳であるがこれを各原告についてみれば、

(イ)、原告平井平一所有のK土地はその西側において〇、五九三間陥没し、それに従つて右土地全体が傾斜し、更にその地上家屋も西側に二十度乃至二十五度傾斜して半倒壊し、井戸一基も減水して使用不能となり、

(ロ)、同村瀬増一所有のB土地は全体が前記の如く五尺二寸八分陥没しその地上家屋は倒壊するに至り、

(ハ)、同村瀬乙羽所有のM土地はその最底部において〇、五間陥没し、それに従つて右土地全体が陥没傾斜し、その地上家屋は半倒壊し、井戸一基も断水するに至り、更にA土地も前記の如くその中心部において五尺二寸八分陥没し、それに従つて右土地全体が傾斜したため、水田として使用することが出来なくなり、

(ニ)、同磯谷君男所有のC土地は、同土地中別紙図面(テ)、(ト)、(ア)、(ミ)、(テ)、の各点を順次連結した範囲を除く部分三畝七歩、D土地は同土地中別紙図面(チ)、(フ)、の二点を結んだ線以北の部分一畝二歩、E土地は、同土地中別紙図面(フ)、(コ)、の二点を結んだ線以北の部分三畝一歩がそれぞれ前記落盤中心地に向つて陥没傾斜し、右各土地中爾余の部分も地盤に亀裂が生じて湛水不能となつたため、これらの土地を水田として使用することができなくなり、

(ホ)、同籠橋喜一所有のF土地は右土地中別紙図面(コ)、(エ)、の二点を結んだ線以北の部分三畝二十歩が前記落盤中心地に向つて陥没傾斜し、右土地中爾余の部分、及びG土地はその地盤に亀裂が生じ湛水不能となつたため、いずれもこれを水田として使用することが出来なくなり、

(ヘ)、本件落盤により地盤に亀裂が生じたため、同金子繁一所有井戸は断水し、同金子小左衛門所有井戸は渇水し、同奥村徳美所有井戸は減水し、又伊左治よう所有井戸は断水するに至りいずれも使用不能となるに至つたものである。

而して右落盤発生の原因は左の如き事情によるものである。即ち本件鉱区は前所有者訴外水谷市松が採掘経営していた当時は、その採掘跡は切端の幅は他の炭鉱に比較して広く、炭層も六尺乃至七尺五寸程度あり、鉱山保安上必要なる炭柱、炭壁も充分に残されていたのであるが、被告がこれを譲り受け、その採掘、経営をなすに至つてからは、無謀にも右炭柱、炭壁を削り取つて亜炭を搬出したのであつて、昭和二十二年八月六日、同月十二日、同年九月三日、同月十日の四回にわたり、中村村会炭鉱委員、岐阜県亜炭鉱業会役員、名古屋商工局田中、木全両技官が本件鉱区を調査し、当時、被告に対し右の如き行為を注意すると同時に、その善後措置を講ずるよう告知して置いたにも拘らず、被告は漫然これを放置して坑内に支柱を設ける等、当然なすべき落盤防止の措置を講じなかつたため、遂に本件鉱区は地圧に堪えず落盤するに至つたものである。従つて原告等の蒙つた本件損害は地上工作物たる本件鉱区内の坑道に右の如き保存上の瑕疵が存したため生じたものであり、而も被告は右の点につき過失あること明らかであるから被告は本件鉱区の事実上の所有者又は占有者として、民法第七百十七条、及び第七百九条により、そのいずれよりするも原告等に対しその損害を賠償すべき義務がある。

而して原告等は前記の如き各被害を復旧するため、それぞれ最少限度左の如き費用を要するから、原告等は右復旧費と同額の損害を蒙つたものというべきである。即ち(以下の費用はいずれも本件鉱区が落盤した昭和二十三年五月当時における時価により算定したものであり、円以下はいずれもその請求をしない。)

(イ)  原告平井平一は地上家屋を一時他に移転してK土地を地盛りした上、右家屋を旧位置に改築(旧材料を使用)し、又井戸一基を新設しなければならないから右の費用として合計金十万五千二百三十円(その内訳は別紙計算書請求金額欄記載のとおり)を要し、

(ロ)  同村瀬増一はB土地を地盛りした上、地上家屋を建築(旧材料を使用)しなければならないから、右の費用として合計金四万七千四百三十四円(その内訳は別紙計算書請求金額欄記載のとおり)を要し、

(ハ)  同村瀬乙羽は、M土地については、地上家屋を一時他に移転して地盛りをした上、旧位置に右家屋を改築(旧材料を使用)し又井戸一基を新設しなければならず、又A土地を水田として復旧するためにはこれを盛立てた上耕地整理を施さねばならないから、以上の費用として合計金四十万六千三百七十五円(その内訳は別紙計算書請求金額欄記載のとおり)を要し、

(ニ)  同磯谷君男は、その所有に係るC、D、各土地を水田として復旧するには、その各陥没部分は盛立てをなして耕地整理を施し、爾余の部分並びにE土地は床締をなし尚E土地は耕地整理を施さねばならないから以上の費用として合計金八万三千六百二十円(その内訳は別紙計算書請求金額欄記載のとおり)を要し、

(ホ)  同籠橋喜一は、その所有に係るF、G、土地を水田として復旧するにはF土地中陥没部分は盛立をなし、右土地中爾余の部分及びG土地は床締をなし、尚F土地については耕地整理を施さねばならないから、以上の費用として合計金三万六千九百二十一円(その内訳は別紙計算書請求金額欄記載のとおり)を要し、

(ヘ)  同金子繁一、同金子小左衛門、同伊左治よう、奥村徳美はいずれも井戸一基を各新設しなければならないから、右の費用として、右伊佐治は金一万三百九十二円、爾余の原告等は各金一万九千四百八十二円を要するのである。

よつて原告等は被告に対し、本件不法行為による損害の賠償としてそれぞれ右と同額の金員の支払を求めるものであると述べた。

二、被告訴訟代理人は答弁として、原告等の主張事実中、原告平井、同村瀬増一、同村瀬乙羽、同磯谷、同籠橋がそれぞれその主張の位置にそのような範囲の土地を所有していること、同平井及び村瀬乙羽がそれぞれその地上にその主張の如き家屋を所有していること、原告村瀬増一、同磯谷、同籠橋を除く爾余の原告等がそれぞれその主張の場所に井戸一基を各所有していること、中村炭鉱の一部通称中島炭鉱の範囲が概ね原告等主張のとおり(但しその東北端は別紙図面(e)の点ではなく(i)点である)、であり、従つて本件土地中、A、B、C、D、E、F、G、K、の各土地が右鉱区の地表上に存在すること、A土地がもと水田であつたこと、原告等主張の頃、本件鉱区が落盤し、原告等所有土地中その主張の範囲の部分がいずれも若干程度陥没したこと、原告等所有井戸の出水状況がいずれもその主張のとおりなることはいずれもこれを認めるがその余の事実はこれを争う。殊に被告は原告主張の如く本件鉱区の鉱業権者でもその占有者でもない。即ち、被告は訴外白木武経営にかゝる本件鉱区に隣接せる新興炭鉱を採掘するには後記の如く中島炭鉱の堅坑を通過する必要があつたので同訴外人の代理人として之をその諸施設と共に水谷市松から買受けたものであり同訴外人がこれを使用していたものであつて原告が鉱区を買受け之を使用していたのではない。仮に然らずして被告が鉱区を買受け使用していたものであるとしても右については登録がなされていないから、鉱業法第十九条、第二十条によりその効力を生ぜず、従つて被告はその鉱業権者ではない。又A土地の落盤前の高さは、その西北部は原告主張の如く旧国道と同一の高さではなく、別紙図面表示の葱畑と同一の高さに過ぎなかつたから、本件陥没の程度は原告等主張の如くではない。又被告或は訴外白木武は本件坑道内の炭壁、炭柱を削り取つたことは絶対にない。このことは、本件鉱区買受の目的、即ち前記新興炭鉱内の藪の地下附近(別紙図面表示)を採掘するにはその西方十八間七分のところに南北に流れる水路があり、その地下が断層になつていて、新興炭鉱の第一坑の堅坑(別紙図面表示)からは掘進することが困難であつたので本件鉱区の堅坑を利用してこれを採掘するためにこれを買入れたものであること、右新興炭鉱の鉱夫長である訴外奥村勝三郎の居宅は本件、鉱区の地表に存在するのであるから、本件鉱区を採掘する筈はなく、ましてやその炭柱、炭壁を削りとるような危険なことを自らする筈はないことに徴しても明らかであり、現に被告は本件鉱区の堅坑を利用して前記藪の地下附近を採掘していたものであり、特に昭和二十三年一月当時において右藪の北方にある訴外北原保方居宅(別紙図面表示)附近の地下を採掘していたものである。而して本件鉱区は、戦時中の濫掘により殆んど掘り尽されていて、被告買受当時は廃虚同然にして採掘すべき余地は全然存しなかつたのであつて、本件落盤は前述の如き戦時中の濫掘が根本原因であり、これに本件鉱区内の坑内水が東方に移動したため、その自然力が作用して本件落盤が惹起せられたものなること明らかである。以上の如く本件落盤は被告の責に帰すべからざる事由により惹起せられたものであるから被告にその損害を賠償すべき義務はない。尚民法第七百十七条の主張につき、被告が本件鉱区の所有者でも占有者でもないことは前敍のとおりであり、仮りに然らずとするも、前述の如き廃虚然たる中島炭鉱跡が土地の工作物と言い得ないことも明らかであるから、同条により被告に責任が発生すべきいわれはない。以上いずれの理由よりするも、原告等の本訴請求には応じられないと述べた。

三、原告等訴訟代理人は右に対し、被告の主張事実中、本件鉱区に隣接せる新興炭鉱中、被告主張の位置に、そのような藪及び水路が存在すること、訴外奥村勝三郎の居宅が本件鉱区の地表に存在すること、被告がその主張の頃、訴外北原保方居宅地下附近を採掘していたことはこれを認めるがその余の事実はすべてこれを争う。被告主張の藪の地下附近を採掘するには新興炭鉱の第一坑の堅坑が本件鉱区の堅坑より近い位置にあり右堅坑より掘進が可能であるから、被告主張の如き目的のために本件鉱区を買入れる必要は毫も存在しないのみならず、現に右北原方居宅地下附近は右新興炭鉱の堅坑から掘進していたものである。而して岐阜県亜炭鉱業会に対する被告からの報告によるも、中島炭鉱の昭和二十二年二月より翌二十三年三月までの出炭量は四千七百四十三屯である旨報告されているのであつて、かゝる事実よりするも被告が本件鉱区内を採掘したことは明らかであると述べた。

四、被告訴訟代理人は右原告等の主張事実はすべてこれを争うと述べた。

第三、立証

〈省略〉

理由

原告平井、同村瀬増一、同村瀬乙羽、同磯谷、同籠橋がそれぞれその主張の位置にそのような範囲の土地を各所有していること、同平井及び村瀬乙羽がそれぞれその主張の如き家屋を所有していること、同村瀬増一、同磯谷、同籠橋を除く爾余の原告等がそれぞれその主張の場所に井戸一基を各所有していること、本件鉱区の範囲が別紙図面(i)点を除き概ね原告等主張のとおりであり、本件各土地中、A、B、C、D、E、F、G、K、の各土地が本件鉱区の地表に存在することは当事者間に争がなく成立に争のない甲第一号証、並びに証人水谷市松、同福島正秋の各証言によれば、本件鉱区はもと訴外水谷市松が採掘経営していたが、昭和二十二年二月十九日、被告の要望により右水谷は本件鉱区を、その約三割を未採掘のまゝ代金二十万円にてこれを被告に譲渡したこと以来被告が本件鉱区の経営者となつたことが認められ、又被告が現にその採掘をなしていたことは後記認定のとおりである。成立に争のない乙第一号証の一、二、同第二号証を以てするも未だ右認定を左右するに足らず、右認定に反する証人奥村勝三郎(第一、二回)同福田勉三、同古田和二、同亀谷新一、同吉川千秋、同加藤清の各証言、並に被告本人の供述は措信出来ないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない。被告は単に訴外白木武の代理人として本件鉱区中の堅坑をその諸施設と共に同人のため買取つたものであり同人が之を使用していた旨主張するけれども、かゝる事実はこれを認めるに足る証拠がないのみならず、その然らざること前記認定のとおりである。而して被告が右売買につき登録を経たことはこれを認むべき証拠がないから、被告がその鉱業権者と云い得ないこと被告主張のとおりであるけれども、被告が本件鉱区の経営者たることは前記認定のとおりであるから、被告においてこれを占有しているものといわねばならない。

而して原告等主張の頃本件鉱区が二回にわたり落盤したこと、A土地が落盤前水田であつたことはいずれも当事者間に争がなく、検証(第一、二回)の結果並びに証人田中章の証言によれば、原告村瀬増一は本件落盤前その主張の地上に、そのような家屋を所有していたこと、C、D、E、F、G、の各土地が本件落盤前は水田であつたことを認めることができる。ところで右落盤により、A、B、C、D、E、F、K、M、の各土地中、原告等主張の各範囲が陥没したことは当事者間に争がなく、検証(第一、二回)並びに鑑定人木村英夫の鑑定の各結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、右陥没の中心地はAB土地であつてC、D、E、F土地中前記認定の各部分及びK、M、の各土地が右中心地に向つて陥没傾斜したこと、A土地中、その西北部の落盤前の高さは旧国道と同一の高さであり又その東北部はK土地の頁岩を積み上げてある上端と同一の高さであつたこと、従つて本件落盤の中心地は五尺二寸八分陥没したものなることが認められ(証人金子未美、同田中章の各証言中右認定に反する部分は措信しない)、又検証(第一、二回)鑑定人木村英夫の鑑定の各結果、証人金子未美、同田中章の各証言を綜合すれば、K土地はその西部において〇、五九三間陥没し、右土地全体が傾斜したこと、M土地はその最底部において〇、五間陥没し、全体が傾斜したこと、CDEFの各土地中前記陥没せる以外の部分及びG土地は本件落盤によりいずれも地盤に亀裂が生じ湛水不能になつたこと、従つて右各土地がいずれも水田として使用することが出来なくなつたこと、原告平井及び同村瀬乙羽所有家屋はいずれも本件落盤により半倒壊し、又同村瀬増一所有家屋は倒壊するに至つたこと、いずれも原告等主張のとおりなることが認められ、又原告等所有の各井戸の出水状況がいずれも原告等主張のとおりなることは当事者間に争がなく、鑑定人木村英夫の鑑定の結果、並に弁論の全趣旨によれば本件各井戸の前記認定の如き障害はいずれも本件落盤による地下水位の低下並びに亀裂発生によるものなることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。次に本件落盤の原因について検討することゝする。証人田中章の証言により各成立を是認すべき甲第一号証、同第五号証、証人金子未美、同田中章、同籠橋国吉の各証言によれば、鉱山保安のためには炭壁は十間炭柱は約一間四方を残して採掘する必要があるにも拘らず、おそくとも昭和二十三年四月当時、右鉱区の本件落盤地附近の坑道内においては、炭柱は約三尺五寸程度しか残されて居らず、又炭壁も不完全にしか残されて居らず、而も若干の支柱がこれに設けられていたのみで充分なる鉱山保安措置が講じられていなかつたことを認めることができる。而して成立に争のない甲第八号証、証人田中誠一郎、同木全義明の各証言に弁論の全趣旨を綜合すれば、右認定の如き本件坑道の保安措置が不完全であつたこと、及びその坑内水が移動したことによる自然力の作用により前記第一回の落盤が惹起され、更に右により第二回目の落盤が誘発されたものなることが認められる。而して前記認定の如き坑道の状況よりすれば本件鉱区が落盤するおそれの存したこと明らかであるといわねばならないから、かゝる場合には炭鉱経営者は危害予防に適当なる支柱、その他の設備をなし、危害予防の方法を講ずべき義務あること勿論であり、被告がかゝる方法を講じたことはこれを認むべき証拠がないから被告に右の点につき過失が存することは既に右説示の点からしても明らかであるのみならず、成立に争のない甲第六号証、証人田中章、同金子未美、同小川正一、同村瀬甚大郎の各証言によれば、本件鉱区を被告が経営するに至つて後、その堅坑附近に亜炭が搬出され積み重ねてあつたこと、被告が岐阜県亜炭鉱業会に対して本件鉱区の昭和二十二年二月より翌二十三年三月までの出炭量が四千七百四十三屯である旨を報告していることが認められるから、右の点より考えるとき被告は本件鉱区内を採掘したものといわねばならない(右認定に反する証人奥村勝三郎(第一、二回)、同福田勉三、同古田和二、同亀谷新一、同吉川千秋、同加藤清の各証言並に被告本人の供述はこれを措信しない。)から、前記の如く右炭柱、炭壁が細くなつたのは被告がこれを削り取つたことによるものと推認することが出来るし更に証人伊佐治康平、同田中誠一郎の各証言によれば本件落盤前、その周辺の炭鉱が屡々落盤している事実が認められるから、炭鉱経営者としては特に落盤防止につき意を用うべき情況にあつたものというべきであり、以上諸般の事情に徴するとき、本件落盤発生については被告に過失が存したものといわねばならない。被告は新興炭鉱の藪の地下附近を採掘する必要上本件鉱区を買入れたものであり、当時既に本件鉱区に採掘の余地はなく、又本件鉱区の地表上には被告炭鉱の鉱夫長奥村勝三郎の居宅が存するから、これを採掘し炭柱を削りとる如きはあり得ない旨主張するけれども、訴外水谷市松はその約三割を残して本件鉱区を被告に譲渡したものなることは前段において認定のとおりであるから、その採掘の余地がなかつたということはできず、その他被告主張の如き各事情が存在するとしても、かゝる事情を以て前記認定を左右するに足りないから被告の右主張はこれを採用することが出来ない。結局本件落盤は被告主張の如く前主水谷市松においてこれを濫掘したことが根本原因でありこれに坑内水の移動による自然力が作用して発生したものではなく前記認定の如く坑内水の移動及被告の鉱区保安対策上の不備に基くこと明らかであるといわねばならない。更に被告は、本件鉱区の所有者でも占有者でもなく、又廃虚同然たる本件坑道は土地の工作物ということが出来ないから、被告に責任の発生すべき余地はない旨主張するけれども、被告がその占有者たることは前段判示のとおりであり、又前記認定の如き本件坑道が土地の工作物たることは明らかである。仮りにこれが土地の工作物と云い得ないとしても、被告に前記の如き過失の存在すること前記判示のとおりであるから、被告はその経営者として民法第七百九条によりその責に任ずべきものなること明らかであるから被告の右主張もその理由がない。

されば被告は原告等に対しその損害を賠償すべき義務あること明らかである。

そこで更に進んで損害額の点について検討することゝする。本件落盤により原告等の蒙つた被害状態は前記認定のとおりであるから、その復旧に要する費用が、その損害額というべきこと明であり鑑定人木村英夫の鑑定の結果、鑑定証人木村英夫の証言によれば、C、D、F、土地中陥没していない部分について床締をする必要があることは原告主張のとおりであることを認めることが出来るけれども、A土地及びC、D、F、土地中の陥没部分を復旧するには旧位置まで地盛りをするか、又は陥没せる現況のまゝで地盛りを最少限度にして耕地整理を施すか、右の二方法が存在すること、従つて旧位置まで地盛りをすれば耕地整理を施す必要のないこと、右耕地整理の方法による方が、より費用が少額なることをそれぞれ認めることが出来る。而して耕地整理の方法によるもこれを水田として復旧することが可能であることは右認定のとおりであるけれども、元来かゝる場合は、能う限り旧状態と同一の状態に復元すべきが原則であつて、唯そのために著しく多額の費用を要し、その結果、賠償者に不当に酷なる負担を課するような結果を生ずる場合には、被害者は多少の不満足はあつても、復旧の主要なる目的が達成せられ得る限り、より少額なる費用を以てなし得る復旧方法によるべきものと解するのが相当であるが、本件の場合検証の結果(第一、二回)によれば右各土地は将来或は宅地等として水田の目的以外の用途にも供し得る可能性が存することが認められるから旧位置まで地盛りする必要と利益の存在すること明らかで従つて耕地整理の方式によつてはその復旧が万全なものということが出来ず且つ右鑑定人の鑑定の結果によるもそのため被告に著しく酷な負担を強いる結果となるとは認められないから、右各陥没地については旧位置までこれを地盛りする必要があるものといわねばならないが、前記のとおりの理由により、その耕地整理までもなす必要があるとの原告等の主張はその理由がない。而して右鑑定人木村英夫の鑑定、検証(第一回)の各結果によればE土地中陥没部分は耕地整理をなし(前記の如き旧位置までの地盛りする方法を主張しないので、右より費用の少額なる耕地整理の方法による請求はもとより正当である)、爾余の部分を床締をなす必要があること、B、K、M、各宅地はそれぞれ旧位置まで地盛りする必要があること、原告平井、同村瀬乙羽所有家屋はいずれも一時他へ移転して、その敷地を地盛りした上その地上にこれを改築する必要があること、原告平井、同村瀬乙羽、同金子繁一、同金子小左衛門、同奥村、同伊佐治はいずれも井戸一基を新設する必要があること、(旧井戸を修復するより新設する方が費用が少額であるから、原告等のかかる請求は正当である)、いずれも原告等主張のとおりであることが認められ、原告村瀬増一所有家屋を建築しなおす必要があることは云うまでもない。而して右鑑定人の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以上認定の復旧工事に要する本件落磐のあつた昭和二十三年五月当時における費用はいずれも別紙計算書認容金額欄記載のとおりなることを認めることが出来る。されば原告等は右と同額の損害を蒙つたものといわねばならない。

かように見て来ると被告は原告等に対し本件落磐による損害の賠償としてそれぞれ別紙計算書認容金額欄記載の金員の支払をなすべき義務あること明らかであるから、被告に対し、金十万五千二百三十円の支払を求める原告平井の、金四万七千四百三十四円の支払を求める同村瀬増一の、金一万九千四百八十二円宛の各支払を求める同金子繁一、同金子小左衛門、同奥村の、金一万三百九十二円の支払を求める同伊佐治の各本訴請求、並びに爾余の原告等の本訴各請求中、同村瀬乙羽は金三十九万二千六百四十四円五十銭の、同磯谷は金七万八千三百二十二円六十四銭の、同籠橋は金三万二千三百三十四円二十銭の各支払を求める部分はいずれも理由があるが、その余は理由なきものといわねばならない。

以上の理由により原告等の本訴請求は主文第一項掲記の限度においては正当であるからこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条但し書、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 小渕連 佐々木史朗)

計算書〈省略〉

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